|
今の職業になれたのは、柔道があったからである。 アメフトでも柔道のバックボーンが生きた。 地獄の忘年会7番勝負。 先日は柔道時代の仲間からの誘い。 誰が誰とまでは説明はしないが、この恐怖の先輩後輩たちを紹介しよう。 ひとり目。 跡部先輩は実家が道場をやっている。 2つ上の先輩。 卒業後も平日は、仕事終わりに先輩の道場で稽古をした。 そこで練習をしていた仲間はこうして今でもたまに会う。 この先輩が現在最強である。めちゃくちゃ強い。 二人目。 浅倉先輩は中学埼玉の団体チャンピオンである。 いつも先輩の試合を見ていたが、1本負けをほとんど見たことがない。 三人目。 寺崎。 中学埼玉の個人チャンピオンである。 高校時代は71キロ以下級のくせに、東京で無差別三位になった。 中学からベンチプレス120キロをあげた恐怖の後輩。自分の体重は66キロで。 四人目。 この写真を撮らされている友博。 柔道を一番愛している。 親父が柔道部の顧問。 親父は還暦のくせに今でもベンチプレスを150キロ挙げている。 恐怖の家族。 俺は自分の柔道であまり自慢出来ることがない。 ただこのメンバーで3年間揉まれれば、そりゃ強くなる。 それが唯一の自慢。 当時、東京は最もレベルが高かった。 東京の一位と二位が全国の一位と二位。 古賀さん、吉田さん、瀧本さんの世田谷学園。 鈴木桂司、内柴、石井慧の国士舘。みんな金メダル。 そんな中でベスト8に入り、関東大会に行った。 いや、ほぼ連れてってもらったに近い。(笑 あれ以来、ウチの高校は関東に行けてないから、それがどれだけ凄かったかがわかる。 自分の柔道はホント大したことない。 ただこの仲間と戦ったことだけは、今でも誇りだ。 今夜だけはたとえどんなチンピラに絡まれようが負ける気がしない。 柔道四段、三段、三段、三段・・・・・ うん。 負ける要素がない。 恐怖の仲間であり、自慢の仲間である。 |
| << 前記事(2008/12/27) | トップへ | 後記事(2008/12/31)>> |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
ちょっと写真と文章を変更しました。 |
まさ 2008/12/30 11:55 |
| << 前記事(2008/12/27) | トップへ | 後記事(2008/12/31)>> |